たわわに実った農作物が誰かに盗まれることがないように守るのが、見張り人の役割です。現在、多くのユダヤ人が、試練の中で、真の神に出会いたいと叫び声を上げています。この魂の実が悪魔に取られることがないように、私たちはしっかりと見張らなければなりません。
それだけでなく、パウロは、「そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。」(ローマ11:13-14)と言っています。「あなたの信じている神はいったいどなたなのですか?」と、質問が起こるほどの輝きが私たちから放たれるなら、彼らは私たちのメシアを知ることを望むでしょう。
最後に、ぜひこのみことばを皆様の胸に刻んでいただければ幸いです。「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」(エペソ6:10-18) |