ホープチャーチ(千葉県船橋市)主任牧師
スティーブン・ケイラー 2003年9月
「『慰めよ。慰めよ。わたしの民を。』とあなたがたの神は仰せられる。『エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。』」(イザヤ40:1-2)
人間の歴史は、宗教の歴史そのものです。日本にも「八百万の神々」と呼ばれる、たくさんの神々が存在します。ある人はこう言いました。「あなたの神観が、あなたの人生を、考え方を決める。」 実にその通りです。ですから、私たちが正しい神観をもつことは、非常に重要です。聖書はこの神観を明らかに示しています。
日本で伝道している者の一人として、私は日本の皆様に、ぜひ、正しい神観を知っていただきたいと思います。どうして教会が暗いのか、どうしてクリスチャンが弱いのか。それは、神を誤って理解しているからだと考えます。
◆神のご性質
1.個人的な神
冒頭のみことばには「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」と書かれています。ここに、神が注がれる、あなたへの個人的な愛を感じます。神は歴史を支配される、万軍の主です。全宇宙を造られた、いと高き方です。しかし聖書の福音は、このお方が私たち一人一人に、個人的な関係をもってくださることを啓示しています。歴史や諸国民にかかわるだけでなく、私たちと一対一の関係をもってくださる、親しい神です。この神との親しい関係をもっていなければ、信仰生活に力はありません。
2.自ら進んで働き掛けられる神
神は、ご自分から進んで私たちに働き掛けられる神です。人類救済のために、自ら計画を立て、働いてくださいます。「慰めよ。慰めよ。」 このみことばは、「こうしてください」とイスラエルの民が呼ばわったのではなく、神ご自身から発せられたものです。これが、聖書の世界と、宗教の違いです。宗教は人間が何とかして神に届こうとするものです。あるいは、人間が神をつくり出し、操ろうとするものです。聖書の神は主権者で、ご自身から御業を始められます。「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:2)。「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる」(ピリピ1:6)とあるように、イエスご自身から、地上に降りて来てくださいました。私たちが主を天から引き降ろしたのではありません。
3.優しいお方
聖書の神は、優しいお方です。このみことばには、「エルサレムに優しく語り掛けよ」とあります。どうしてこの言葉がここに入っているのでしょう。
私たちが神に対してもっている一般的なイメージは、「不機嫌」「怒り」「裁き」というものです。あなたの足りないところを見て、いいかげんな信仰を見て、腹を立てていらっしゃる、あきれた者だ、あきれた教会だと思っている……。そんな神観をもっていませんか。
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