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ジャパン・カルバリークルセード主幹 B.F.P.Japan 顧問 福沢 満雄 2003年6

 イスラエル人たちがエジプトにやって来たのは、モーセが生まれる300年前、当時は総勢70人ほどの極小民族でした。その後、300年の年月を経て、男性だけで60万人、女性・子どもを合わせると、300万人近い民に膨れ上がっていました。新しいパロにとって、これは脅威でした。そのため、この民を苦しめ、疲労させ、多産な彼らに子供を作らせないようにしました(出エジプト1:8-11)。

 さらに、ヘブル人の男の子が生まれたら、ナイル川で水死させるよう命じました。
 これがモーセ誕生時の、過酷で残虐な時代背景です。この絶望的な状態の中で、イスラエルの民を救う解放者が生まれようとは、誰にも思えなかったことでしょう。

親の信仰
 「信仰によって、モーセは生まれてから、両親によって三か月の間隠されていました。彼らはその子の美しいのを見たからです。彼らは王の命令をも恐れませんでした。」(ヘブル11:23)。モーセの両親は3カ月間、モーセを隠しました。そしてパピルスのかごに入れ、パロの娘たちの水浴び場に流しました。わが子の命を救うため、生きるか死ぬかの賭けをしたのです。

 この計画の背景には、母の深い祈りがありました。モーセの姉・チッポラが王女に駆け寄り、「乳の出る女を知っています」と告げることができたのも、母が知恵を授けたからに違いありません。若い王女が授乳できるはずもなく、王女は賃金を払って、モーセの母を乳母として雇うことにしました。こうして、敵のお金で自分の子供を養うことになったのです。神は災いを変えて、益としてくださるお方です。

 「信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました。」(ヘブル11:24-25)

 誰がモーセにこの信仰を植え付けたのでしょう。

 乳母であった実の母の元を離れ、パロの娘の所に連れて行かれたのは、わずか5、6歳のころであったと思われます。当時エジプトでは、この年齢から子供に教育を始めました。エジプトの言葉を覚え、エジプトの神を礼拝することを教え込むためです。

 モーセの両親は、イスラエルの神に対する信仰を幼いモーセの心に染み込ませました。彼は母の祈りと賛美の声を聞きながら、胸に抱かれて乳を飲んでいたことでしょう。両親が口ずさんだ祈りの言葉は、どんな教育にも勝って、モーセの心を養っていきました。全く違う文化、宗教の中で40年間過ごしながらも、彼の核を成す部分は、変わることがありませんでした。

 
 
 
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