◆祈りの友を得る
私が毎日教会で祈り始めてから、牧師先生が1週間に1回、共に祈ってくださるようになりました。また、牧師としての献身の生活を始めてからは、宣教師の先生と共に毎日祈るようになりました。このように祈りの友が与えられることによって、私たちが危機に面したときにも、それを乗り越えて祈りの生活を継続することができるのです。ですから、教会生活の中で皆さんと共に祈る時を大切にし、祈りの友を探しましょう。
「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もしあなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。」(マタイ18:19)
◆御心にかなう祈りとは
クリスチャン生活は、祈りに応えられることによって歩む生活でもあります。ですから祈りが応えられることは、信仰の成長(神を知る)のためにとても重要なことです。
私たちの願い(不足や必要から生み出される)が聞かれるためには、その願いが神の御心にかなったものに変えられることが必要です。そこに向かって祈り始め、祈り続けると、その願いが神の御心にかなうよう、聖霊は私たちを変え、悟りを与え、みことばを解き明かされます。
「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」(I
ヨハネ5:14)
何年も前のことですが、夏風邪をひいてしまい長く患ったことがありました。病院へ行って治療しましたが一向によくなりません。1カ月ほど苦しんだ後、ある土曜日の夜、失望しながら会堂で祈っていました。そのとき、主は一つのみことばを与えてくださいました。
「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを知らないのですか。」(I
コリント6:19)
そのとき、私の心に瞬間的に悟りが来ました。
「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」(詩篇119:130)
私の身体と思っていたこの身体は、もはや私のものではなく神のものであることに気が付きました。そこで「私のこの身体はあなたのものです。あなたのものはあなたが癒やしてください」と祈りました。すると主が、私の病んでいる気管と胸の部分に触れられました。(実は気管と胸の部分に、無数の赤い斑点が現れていました)。そのときから、風邪はみるみる回復に向かったのです。このようにして、1カ月間の祈りの中で、神は私の必要(願い)に答えられるため、御心にかなう祈り方ができるようにされました。
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