B.F.P. Japan 役員/福生べテル教会主任牧師 津坂良夫 2002年12月
クリスチャンであるのに、なかなか祈ることができないと悩んでいる方が意外に多いのではないでしょうか。神は私が救われてまもなく、毎日1時間を主との交わりに過ごすように訓練してくださいました。そのころ、神は、私が祈ることができるように、次のような助けを与えてくださいました。
(1)みことばによる励ましと導き、(2)共に祈る人、(3)祈るために備えられた場所(教会堂)。そして、祈りを継続する力が、主の恵みによって与えられました。
◆祈りが何であるか理解する
クリスチャンにとって、祈りが欠くことのできないものである理由は、それが神との交わりの時であるからです。ところが、祈りは、一般的に「お願いをすること」と考えられていますから、祈りが聞かれたり、また聞かれなかったりします。しかし、祈りが神との交わりであるとするなら、聞かれないから失望し祈らなくなるという、単純な祈りの生活から脱皮して、私たちはもっと神との深い交わりの中に入っていくことができるのです。
私たちが日ごとに神との交わりの中で、新鮮な神の力を受け、御声を聞き取り、知恵と悟りが与えられ、そして願いがかなえられると、生きておられる主をますます経験し、ダイナミックなクリスチャン生活を歩むことができるようになります。
「あなたは、祈る時には自分が奥まった部屋に入りなさい。そして戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:6)
このみことばから、神は私たちと「一対一」の個人的な交わりを求めておられることが分かります。まず、主を愛するがゆえに、日々の祈りの時間と場所を決めましょう。
◆主の祈りから学ぶ
主の祈りは、祈るというより形式的な告白となりがちですが、これは主イエスが教えられた祈りのモデルです。この祈りを通して、私たちが神にどのように近付き祈るかを教えられます。私たちの心をまず神に向け、神はどのようなお方であるかを覚えてほめたたえましょう。
「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。」(マタイ6:9)
次に、私たちに対する神の要求を祈ります。
「御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。」(マタイ6:10)
次に、私たちの必要のために祈りましょう。
「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」(マタイ6:11)
私たちは自分自身のために祈ることをおろそかにしがちですから、そのためにも祈りましょう。
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