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 ナハラーさんの父親、シャドファナさんは、バスを恐れる娘の足代わりになっているが、彼女らが民族・宗教を越えて親しい関係を結んでいることをうらやんでいる。彼自身は、長い間親交のあった多くのユダヤ人から拒絶されて傷ついた経験があるのだ。今はユダヤ人の町に入って行くのが怖いという。「ほら、またアラブのテロリストが来たぞ」と言われるからである。

 ある日彼は、自爆テロを起こした犯人の父親から、ナハラーさんが巻き添えになったことを謝罪する電話を受けた。その父親は、同じアラブ人ならテロ行為を理解して許してくれるだろうと思ったようだ。しかし、シャドファナさんはどなりつけた。

 「なぜ息子たちを送り込んで、罪のない市民を殺すのだ。お前の息子は英雄なんかじゃない。全く正反対だ。」

 ベッシーさんとナハラーさんは世界を変革することを夢見ている。まず、イスラエルに住むユダヤ人とアラブ人の関係を改善することである。そのために、愛と親交と相互信頼の関係を築き、よきモデルになりたいと願っている。

 この記事を読めば、イスラエルの社会情勢が、「一神教のユダヤ人対一神教イスラムのアラブ人」といった単純な関係で動いているのではないことがわかるであろう。彼らが苦しんでいるのは宗教のせいではない。人間の罪の性質である。そして、彼らが希望を見いだそうとしているのは、唯一なる神の愛である。

◆私たちに必要なものは…
 デニ・ルージュモンがこう言っている。「原子爆弾そのものは少しも危険ではない。それは一つの物である。恐ろしく危険なのは人間である……ばかげたことはもうやめようではないか。私たちに必要なものは人間の自制である。」

 同様に、恐ろしいのは宗教ではない。多神教になれば、無宗教になれば、何も信じなければ、それで戦争がなくなるわけではない。戦争を一神教のせいにするのはトンチンカンである。多神教であろうと、一神教であろうと、無神論であろうと、恐ろしいのは人間であり、争いをもたらすのは人間の罪の性質なのである。ただ、はっきり言えるのは、多神教には人間の罪の性質を解決する力はないということだ。ましてや無宗教やヒューマニズム思想にはない。私たちに必要なものは罪からの解放である。

 シャローム

 
 
 
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