イスラエル聖書大学講師 ロニー・C・ミングス 2002年10月
私が日本で宣教師として働いていた25年前、教会の信徒から「聖書に、『神の御国』と『天の御国』と書かれていますが、その違いは何ですか?」という質問を受けました。当時、私はこれにどう答えてよいのかわかりませんでした。25年経った今、ここに私の答えがあります。
◆ユダヤ的な表現方法
この「神の御国」と「天の御国」という2つの表現には、まったく違いがないことを私は断言できます。この2つは微妙に異なった言葉を使い、同じものを指しているのです。ユダヤ人は「天の御国」という言葉を使うことを好みます。この場合の「天」とは、神を表す婉曲的な言い回しです。ユダヤ教のラビ(教師)たちは、こうした遠回しな言い方を多く用いました。これは、神の御名を言い表すことを避けるためです(ドイツの神学者ダルマンは、こうしたたくさんの例を「The
Words of Jesus」という著書で説明しています)。十戒の中に、次のような掟があります。「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。」(出エジプト20:7)これを厳密に守るため、ラビたちはこうした表現方法を発達させました。
婉曲的な言い回しは、新約聖書でもいくつか使われています。その一例として、「放蕩息子のたとえ話」で、父の財産を浪費した次男坊が「おとうさん。私は天に対して罪を犯し……。」(ルカ15:21)と言っています。この「天に対して」とは「神に対して」という意味が込められていて、あえて神の御名を使わないようにとのユダヤ的配慮がなされているのです。
◆「マルクート」―王国
御国(王国)は、ヘブル語で「マルクート」と言います。マルクートは、実際に国土を持った独立体、地理的国境をもった国家を意味します。しかし、聖書に書かれているマルクートに関しては、これが基本的な意味ではありません。第一に意味されるのは、「王の権力、統治、支配」です。旧約聖書でも、マルクートはこの意味合いで用いられています。
著名な神学者であるJ・ジェレミアスは次のように語っています。「旧約聖書において『マルクート』という言葉が実際に地理的な意味合いで使われているのは非常にまれで、ほとんど常に『政府』『権威』『王の権力』を表している。」
ですから「神の御国」とは、地理的実体をもった国ではなく、基本的に神の支配、統治、権力そのものを表しているのです。イエスは、この神の統治が始まったことを人々に告げるためにこの地上に来られました。
主イエスが来られるまで、サタンの地上支配がありました。サタンによって、罪、病、不幸、貧困、そして苦痛がもたらされました。これらが起こる背景には、サタンのカが働いています。イエスはサタンを追い出し、神による支配の開始を宣言するために来られたのです。
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