同時に、苦しみを成長するための好機としてとらえる必要があります。寒い冬の風雪に耐えてこそ、美しい花や豊かな実をつけることができるのです。晴天続きでは、地面が干からびて砂漠になってしまいます。溶鉱炉の激しい炎は、鉱石を焼き尽くすかに見えますが、実際には貴重な金属を精錬するのです。試練を受けたヨブは言いました。「しかし彼はわたしの歩む道を知っておられる。彼がわたしを試みられるとき、わたしは金のように出て来るであろう。」(ヨブ23:10/口語訳)。厳しい環境で、植物は深く根を張ります。逆境は私たちを強く成長させ、神とのつながりを緊密にします。パウロは言っています。「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」(ローマ5:3-4)。
聖書に、終わりの日には、教会が染みやしわのないきよめられた状態になると書いてありますが(エペソ5:27)、患難や苦しみは、そのきよめに到達するための鍵であると考えてよいのではないでしょうか。服のしわを伸ばすには、とうぜん熱いアイロンが必要です。パウロは「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。」(ローマ8:18)と言っています。
苦しみは互いに助け合う力も与えてくれます(II
コリント1:3-5)。また私たちが確かに神の子どもであり、主が我々の中に働いてくださっているという保証をしてくれます。すべてキリストにある苦しみは、やがては大きな喜びに変えられるのです。マタイ伝5章12節には、熱心な勧めがあります。「喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。」
シャローム |