◆日本に点火された祈りの炎
近年、日本の諸教会においても、キリスト教のユダヤ的ルーツや、メシアニック・ジューイッシュ・ムーブメントが、徐々にではありますが理解され始めていることは大変感謝なことです。しかし、この動きは、日本のキリスト教会が初めて体験したことではありません。今をさかのぼること72年前、昭和5年の大リバイバルの渦中、イスラエルの回復のために祈ることに目が開かれた人々が起こされたのです。当時の神学生たちは、夜遅く伝道から帰ってきて、疲れた体にムチ打ちながら、徹夜、あるいは半徹夜でイスラエルのために、必死のとりなしの祈りを捧げました。ある者たちは40日間の断食祈祷へと導かれ、祈りの戦いが展開されたのです。地球上にイスラエルという国が存在せず、「ユダヤ・ルーツ」に至っては、その言葉の意味さえ理解されない時代から、人々は聖霊に捕らえられ、イスラエルとユダヤ人の回復のために祈らされてきたのです。
その頃の日本は、太平洋戦争開始時で、軍国主義真っ盛りでした。教会は「天皇が神か?! キリストが神か?!」という厳しい選択を迫られました。特にイスラエルのためにとりなしていたクリスチャンは、「国賊」として扱われました。彼らの信仰は治安維持法に触れ、教会は弾圧を受け解散させられ、牧師は逮捕、厳しい取り調べに遭い、果てには牢獄にぶち込まれました。そして牢獄で殉教の死を遂げ、犠牲になる人まで出る激しい迫害を通らされました。
私の知り合いで、当時からイスラエルのために祈っていた兄弟も、警察による取り調べを受け、戸籍が抹消されるという厳しい罰を受けました。その真っ白になった戸籍には「善良なる罪人」と記されていたそうです。こうした中でも、極少数の信徒たちは、憲兵たちの厳しい追及の手をかいくぐり、各々の家を転々と回っては集会を守っていました。ある時は雪でカマクラを造り、4、5人集まっては熱心に祈り続け、祈りの熱気に雪も解けてしまったとか……。「私は、福音のために、苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばは、つながれてはいません。」(II
テモテ2:9)。このみことばこそ、私たちの信仰の先輩である当時の信徒たちの、熱心な祈りの姿そのものを表しているように思います。
かのサウロの祈りに目を留められた主が、このような迫害と困難の中で、戦いながら捧げられた日本のクリスチャンたちの祈りをお忘れになるはずがありません。「主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。」(Iペテロ3:12)。彼らの祈りは確かに聞かれたのです。祈りが積まれ、時が満ち、神のカによって、イスラエルはホロコーストの灰の中から、不死鳥のように復活しました。これはイスラエルを通して、全世界を救済するという、神のご計画の最終ステージの幕開けでした。1948年にイスラエル建国、そして1967年の六日戦争で、首都エルサレム奪回! 以前は少数しか帰還していなかったユダヤ人が、世界140カ国から帰還するようになり、今日では1カ月に5000人から7000千人が帰還するほどになったのです。
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