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BFP JAPAN 総責任者 スティーブンス・栄子 2002年7月

◆罪の代価
 イエス・キリストの十字架によって、罪の報酬である死の代価が払われました。

 罪から解放された者は死から解放され、永遠の命を頂きます。そのため、イエスを信じる者は、死の恐怖から解放されます。

 「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6:23)

 イエスは、どのような形で、私たちを罪から解放してくださったのでしょう。ここで、ゲッセマネの園における、主の祈りを思い起こしてください。「『父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。』すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。(ルカ22:42-44)

◆イエスが飲まれた杯
 主が飲まれたこの「杯」の中には、アダムとエバから世の終わりに至るまでの、人類すべての罪が入っていました。「イエスには全く罪が無かった」(第1ヨハネ3:5)と書かれています。そればかりか、イエスが一番忌み嫌われるものが罪でした。しかし、罪のない清いお方が、全人類の罪が入っている杯を、人間のために飲み干さなければなりませんでした。イエスにとってこれほど苦しいことがあるでしょうか。いったい、主はどんなお気持ちだったのでしよう。

 私は昭和17年生まれです。生まれ育った神戸に、当時水洗トイレはありませんでした。そのため、小学生のころには、大きな2つの桶を天秤棒でかついだ『汲み取り屋さん』が来ていました。今でもその時のひどい匂い、また、その中身の汚さが忘れられません。

 私は、汗が血に変わるほどイエスが苦しまれたことを理解しようとするとき、主がゲッセマネの地で飲み干さなければならなかった杯のことを、幼い頃に見た、汚物いっぱいの桶と重ねて思い浮かべます。主の前にあった杯の中身は、うじがはい回っていたあの汚物の、何百万倍も汚い人間の罪であり、それを飲まなければならなかった辛さを思います。

 旧約聖書では、罪の赦しを得るためにいけにえを捧げていますが、まずはいけにえとなる動物の上に自らの手を置き、己の罪をいけにえに移します(レビ1:4)。そして、罪を移されたいけにえは殺され、こうして「罪の報酬」が支払われます。

 イエスはご自身がこのいけにえとなって、人類の罪を飲み干され、すべての罪を負われ、ご自身を「罪の報酬」として十字架に捧げてくださいました。

 
 
 
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