数世紀にわたって論争されてきた、「何曜日に礼拝をするべきか」という問題も、ユダヤ的ルーツに戻ってモーセの律法を読み、イエスの教えを読み取るなら、簡単に答えが出ます。さらに、ルーツから離れたことで起こった一番恐ろしい出来事は、西欧の教会が自らを「新しいイスラエル」と位置付け、ユダヤ人を「過去のイスラエル」としたことです。教会は彼らを罪に定め、「キリスト殺し!」と呼び、告発しました。その後、それを理由にユダヤ人の大量殺戮が始まり、その頂点に立つ出来事とも言えるホロコーストでは、何と600万人ものユダヤ人が尊い命を落としました。聖書解釈の過ちが、これほどの血を流す結果を生みすとは、何と悲惨なことでしょう。私たちは神とイスラエルの歴史を聖書から学んでいます。その舞台であるイスラエル、そしてその主人公であるユダヤ人を除外して、聖書を読むことはできません。ユダヤ的ルーツに戻って聖書を見るとき、強制されなくても、努力しなくても、私たちの心に自然と神の愛が流れ込んできて、彼らを受け入れることができるようになります。
無益な論争や異端が生まれる要因を取り除くためにも、ユダヤ的ルーツを学ぶことは必要不可欠だと言うことができるでしょう。しかし、決して誤解していただきたくないのは、西欧あるいは西洋から伝わってきた教義や教理を、すべて否定しているのではないということです。西洋のキリスト教会がなければ、そして彼らがアジアに宣教師を派遣しなかったら、私たち日本人が福音に触れることはありませんでした。私たちは彼らへの感謝も決して忘れることはできません。
◆ヘブルの根
「ユダヤ的ルーツ」は「ユダヤの根」という日本語に置き換えることができます。植物は根がなければ栄養を取り込むことができず、真っ直ぐ立つこともできず、生命を維持することもできません。切花は一瞬の美しさを誇っても、枯れてしまえばそれで終わりです。しかし、根のある植物は成長を続けるばかりか、実を結んで次の生命さえ生み出します。同様に、私たちも聖書の根を正しく理解し受肉することで、栄養をグングン取い上げて元気になることができます。「何を言わんとするか分からない」、あるいは「退屈で聖書を読み進めるのが難しい」という方にも、この「ユダヤの根」を知ることは、聖書を楽しく読む秘訣となるでしょう。ヘブライ・ルーツの学びをすると、多くの方々が「そうか!分かった!
目からうろこが落ちました」とおっしゃいます。パウロの目からうろこのようなものが落ちたとき、彼はイエス・キリストがはっきり見えるようになりました。同様に、私たちの目からうろこが取り除かれることは、非常に大切なことです。
それだけではありません。ユダヤ的ルーツを正しく知らないばかりに生まれてしまった異端宗教も、自分たちが土台を置いている教えが、解釈の間違いから生まれ出たことを知るなら、価値観が根底からくつがえされて、創造主の元に帰ることが可能になるでしょう。
ユダヤ的ルーツを知ることには、宝を拾い出すような興奮があります。聖書の中で、キラキラと光を放つこのダイヤモンドは、私たちクリスチャンを捕らえて放しません。一つのダイヤを拾うと、また次のダイヤが欲しくなります。そうなると自分を無理やり聖書に向けようとしなくても、聖書に手を伸ばさずにはいられなくなるのです。
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