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BFP JAPAN 2001年3月

 罪を犯すことはあっても、生涯その信仰を守りとおしたダビデとは対照的に、徐々に神への信仰を失い、悲惨な死を遂げたサウル。イスラエルの王として、同じ油注ぎを受けたにもかかわらず、何がこの二人に決定的な違いをもたらしたのでしょうか。

◆誰にでも存在する『束縛』
 私たち人間は多かれ少なかれ何らかの束縛を受けて生きています。自分が何に縛られているかは、どのくらい“そのこと”を考えているのかで知ることができます。仕事にまつわること、お金のこと、人間関係のこと、恋人のこと、子どものこと、あるいは目分自身の弱さと格闘しているかもしれません。束縛からの解放は、そこから抜け出す決意と心の一新がない限り決してあり得ません。

 束縛の中に深く入り込むと、それがいつの間にか「執着」へと移行していきます。そしてその執着が、最悪の場合には、自分自身のみならず、周りをも滅ぼしてしまうことになるのです。サウルー族は、最終的に一家断絶の憂き目に遭いました。

 サウル王が執着したのは、“王位”でした。ダビデは優しい竪琴の音で、いつもサウルを慰め、彼の良き右腕となっていました。サウル自身、ダビデを息子のように寵愛し、常に傍において彼を引き立てました。しかし「ダビデを王位に!」という民衆のことばを耳にするにつけ、その愛情が脅威に、そして敵意から憎しみへと変化していったのです。

◆悪魔の入り口(扉)
 私たちの心が神に向いていることを、悪魔は一番嫌います。心が神に支配されているとき、悪魔の働く隙がないからです。サウル王も、心が完全に神に支配されているときには、上からの力を受け、素晴らしい働きをしました。しかし、王位に執着し始めると同時に、少しずつ軌道を外れていったのです。「束縛」こそ、悪魔の入口です。今まで固く守られていた心の砦に、束縛という扉ができ、そこから悪魔が自由に出入りできるようになるのです。

 サウルは決して人格的に問題があったわけではありませんでした。むしろ忠実で、心温かい人物だったと言えます。神に対しても真剣で、国民のためにも力を尽くしました。しかし、ひとたび束縛の入口から悪魔が入ってくると、自らの心さえコントロールできなくなり、異常な行動を取るようになっていったのです。その人にとって、神以上に価値があるもの(偶像)から束縛が生じます。最初は小さかった扉が、気がつくと何人でも行き来できるような大きな扉へと変貌していきます。

◆束縛がもたらすもの
 束縛はまずあなたから自由を奪い去ります。また、正しい判断力を奪い、真理からあなたを遠ざけます。人格者だったサウル王も、心の自由を失うのと同時に、正しい判断力を失い、あれほど忠実だったダビデを殺そうとつけ狙うようになりました。ダビデは何度も王位を狙っていないことを伝えましたが、そのことばがサウルに届くことはありませんでした。

 
 
 
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