あなたが罪を犯したから、神はあなたを愛さないのでしょうか。またあなたが正しいから神はあなたを愛するのでしょうか。献金をたくさんしたから……、伝道したから……、礼拝に出席したから……、お祈りをしたから……、聖書をたくさん読んだから……あなたは神からの賞賛を得るのでしょうか。極端に言えば、それらは神の視点を変える要素には全く成り得ません。私たちはまず、神は真っ黒な状態か透明な状態かを見て私たちを愛しておられるのではなく、ビン全体を丸ごと愛してくださっているのだということを知らなければなりません。しかし、悪魔は罪責感という武器であなたのビンを激しく振り続け、あなたを惑わし、「私には愛される価値がない」と思い込ませようとするのです。
“神はあなたを丸ごと愛してくださっている”というメッセージを、私たちは何度も聞いてきました。頭や理性ではそれをはっきり理解しているにもかかわらず、この罪責感の罠から抜け出せないまま苦しんでいるクリスチャンがたくさんいることは、本当に悲しいことです。
◆人間の努力
神の御前に忠実に生きたい、神に喜ばれる者になりたいと、必死な思いで努力しても、肉の努力は長続きしません。また、努力が実った日にはメ今日は神に近づいたモと気持ちが高揚し、努力が実らなかった日にはメ今日は神が遠いと気落ちしてしまいます。そして振り子のように揺れ続ける心に疲れ果て、一生懸命やればなおさらのこと、努力が尽きてしまったときに味わう絶望も大きいのです。そして神に愛されている確信を失い、自分の位置をなくし、どこの土台に立っているのかもわからなくなってしまうのです。
神はその行いで私たちを評価されません。一方的無条件の愛で人間を見守っておられ、あなたの存在そのものを喜んでくだっているのです。誰も劣ることも勝ることもありません。そのままで認められているという事実を教えてくれるのが『イエス・キリストの十字架』です。
◆十字架の値
全ての品物には値段がついています。やはりいい物は高価です。人間には値段がつけられないと良くいいますが、私たちには確かに値段が付けられています。では、私たちの値段はいくらなのでしょうか。そのは十字架そのものです。私たちの命は余りにも高価過ぎて、これ以上支払えないという高い代金が支払われました。イエスの十字架以外、人間の価値に匹敵するものがなかったのです。高過ぎて買えない私たちの命を、神ご自身が代価を払って買い戻してくださいました。その自分に価値がないなどとどうして言えるでしょうか。神がおっしゃる「高価」とは、イエス・キリストご自身の価格だったのです。
◆不動なる神
私たちが信じている神は、この宇宙を創造し、今なおそれを支配しておられる偉大なお方です。神の創造はあまりにも綿密かつ完璧で、その偉大さを全て知ることは不可能です。人間の体ひとつをとって見ても、信じがたい創造の奇跡がそこにあります。例えば、肝臓の働きを人工的に行おうとするなら、東京都と同じ面積の工場が必要で、その建築費用は計り知れないそうです。また実際にその工場ができたとしても、排出される老廃物の処理ができず、実現することは不可能だそうです。私たちの体の中で、肝臓が黙ってそれだけの大きな働きをしていたことをご存知でしたか。また、この小さな臓器が、それほどの役割と価値を持っていたことをご存知でしたか。これは肝臓に限ったことはではありません。私たちの理解が及ばないほど、精巧な細工が人間には施されています。
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