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 やがてバビロ二アの王たちが攻めてきて、その地にいたロトと彼の持ち物すべてを奪い去りました。ロトは豊かに潤ったヨルダン渓谷でのんびりとした暮らしを続けていくことができなくなりました。(創世14:1-24)。聖書では「バビロン」の名はいつも、神から頂いた相続分を自分から投げ捨ててしまう人々を襲う、捕囚の運命を表す意味で用いられます。

 今日、何百万もの数え切れない人々がバビロンの捕囚になっています。ある者たちは愚かな人々に誘惑され、また他の人々は安易さや物質的豊かさのわなにかかって骨抜きにされ、とりこにされてしまうのです。アブラハムの信仰と、彼による奇跡的なロトの救出(創世14:1-16)がなければ、ロトはバビロンで死んでいたに違いありません。

◆ソドムに天幕を移す
 創世記13章12節に、「ロトは低地の町々に住んで、ソドムの近くまで天幕を張った。」と書かれていますが、これはソドムに向かって天幕を張ったと訳すことができます。初めは彼も、この邪悪な町に住むと考えただけで身震いをしたのかもしれません。しかしこの「天幕が向けられている方向」には、人生における非常に重要な意味が隠されています。ロトがバビロニア人の手からやっと逃れたという記述の後、次に登場するときには、彼はもうソドムの町に住んでいます。つまりアブラハムに助けられた後、牧者としての暮らしを続けていくことに見切りをつけたと想像できます。おそらく彼は恐くなったのかもしれません。そしてついに天幕を捨てて、ソドムの町に住むことを選んだのです。

 彼を引きつけたのは、間違いなく「罪」でした。輝く炎が、疑うことを知らない蛾たちを引き寄せるのと同じように、罪は人を引き寄せます。罪の本質は人の心にとって不快でいやらしいものですから、人はいきなり罪に飛びつくのではなく、少しずつ徐々に引き寄せられていくのです。

 ソドムとその周辺の町々にはびこっていた恐ろしい罪とは、同性愛でした。今日、この同性愛という罪はあたかも美しいものであるかのように飾り立てられ、宣伝されています。同性愛を奨励する牧師さえいるほどです。その呼び方も、より魅力的に響くように変えられてきているのです。現在では、同性愛は一般的なライフスタイルの一つとして、小さな子どもたちにも教えられています。

 このような罪が、再び私たちの時代においてごくありふれたこととなっていますが、これに対する神の見解は全く変わっていません。神のこの見解は、聖書とユダヤ・キリスト教の遺産を通して異邦人世界に伝えられています。神は次のようにおっしゃっています。「あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことである。」(レビ記18:22)

 使徒パウロはローマ書1章26節から28節でこのことに触れています。パウロは、「神が人々を『恥ずべき情欲に引き渡され』、そして『女は自然の用を不自然なものに代えた』」と述べています。(26節)。 同じように、「男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうように」なったので、神は彼らを堕落した「良くない思いに引き渡され」たのだと言っています(27-28節)。

 
 
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