飛躍的な発展の反面、裸で帰還した貧しいユダヤ人が多数いることも確かです。これは、「1900年間迫害を受け続けた彼らの心を癒すために、私たちに何ができますか」という祈りの答えに他なりません。彼らの必要を満たすことによって、神は愛の手を差し伸べるチャンスをクリスチャンに与えてくださいました。
私たちは「イスラエルの平和」を祈り続けています。この祈りも決して地に落ちることはないでしょう。主のご計画の中でさまざまな糸がつむぎ合い、その計画が実現に向かって織られているからです。
私たちの人生における祈りも同様です。「あんなに祈ったのに、ちっとも聞いてくれない!」と神に失望するのではなく、たとえどれだけ時間がかかっても、主の遠大なご計画があることに目を留めましょう。そして決して絶望することなく、あきらめることなく、神に信頼しつつ前進していきましょう。信仰を持って祈り続けること、それこそが天に祈りが届く秘訣なのです。
「あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」(マタイ21:22) |