イスラエルが存在する何世紀も前から、安息日が定められていました。安息日はすべての人に与えられていると結論づけることができるでしょう。この真実は、イエスご自身の「安息日は人間のために設けられたのです。」ということばにも反映されています(マルコ2:27)。
預言者イザヤは、異邦人も安息日に神を礼拝する日が来ることを預言しています。まことに安息日を守ることは、イスラエルの地に住み生活する者にとって、ほとんど必要条件のようにみなされています(イザヤ56:6-8)。今日、イスラエルに住む多くのクリスチャンが、そうした安息に対する必要や思いから、安息日を守るようになっています。イスラエルやその他の場所に住むクリスチャン家庭においても、すでに安息日が日曜日とともに重んじられることが多くなってきました。
◆安息日の美しさと栄光
安息日から学ぶことが多くあります。この特別な日の大切さと意義についてたくさんの本が書かれています。イスラエルの祭りのように、安息日は私たちが仕えている神について、またその神が造られた宇宙について、そして被造物としての私たち自身についても幾多のことを教えています。
安息日の美しさと栄光は、イスラエルの地においてはっきりと見ることができます。イスラエルの金曜日は大変忙しい日です。この日は仕事も早めに終わりとなります。一家の父親、母親は、店が閉まる前に食べ物を買おうとマーケットに急ぎます。家はきれいに掃除され、敷物もきれいにほこりを落とし、ろうそく台もきれいに磨かれています。
このときには安息日の食事がもう準備されており、特別な電気器具で暖められています。安息日には火を焚くことがないようにするためです。午後になると、町は世界のいろいろな食べ物の香りが混ざったような空気に包まれます。
午後2時になると店が閉まり始め、バスの運転もなくなります。そして“金曜日の大忙し”は終わりに近づきます。夫は習慣となっている生花の花束を妻に持ち帰り、彼女に挨拶をします。家族みんなが安息日の喜びを期待しつつ、安息日の前夜と当日を神とともに、また家族とともに過ごします。金曜日の午後遅く、安息日が始まる直前になると、安息日のろうそくに女性たちが火を灯している様子がアパートの窓などから見られます。この火が灯ると、至福に満ちた静けさがイスラエルの地を包みます。安息日の女王がまたこの週も訪れ、花嫁が現れたのです。そして、すべての被造物が安息に入るのです。
◆喜びの日である安息日
安息日はイスラエルの人にとって本当に喜びの日です。親類や友達と食事をし、交わりをするときです。そして子どもを抱きしめたり、笑ったり、楽しんだりするときでもあります。父親、息子、また時には家族みんなで家の近くのシナゴーグ(会堂)まで静かに歩いていきます。
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