◆神の御名が汚された
エゼキエル書36章19-20節で神は、「ユダヤ人を国々に追い散らす」と言われました。さらに、「彼らは、その行く先の国々に行っても、わたしの聖なる名を汚した。人々は彼らについて、『この人々は主の民であるのに、主の国から出されたのだ。』と言ったのだ。」と言われています。なぜこのように言うことが、主の聖なる名を汚すことになるのでしょうか。
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人々は、「ユダヤ人は神から見捨てられ、神がアブラハムに約束した土地から追い出されてしまった。それはキリストを殺したからだ。」と言いました。これはキリスト教国の人々が言ったことです。このように言うことによって、「神は気が変わられた。」と言うことになります。しかし神の御心は変わることがありません。
- 神は約束なさったことを必ずお守りになるお方です。ユダヤ人の放浪は、神がなさったのろいの約束の成就です。しかし、放浪しているユダヤ人を目にすることによって、多くの人が「神は彼らを見捨ててしまわれた。」と、神を汚すことばを言う結果となったのです。
◆聖なる神の名を示す
神の御名がこれらのことゆえに汚されたため、エゼキエル書36章23節では、「……わたしが彼らの(諸国の民)の目の前であなたがたのうちにわたしの聖なることを示すとき、諸国の民は、わたしが主であることを知ろう。……」とおっしゃっています。
エゼキエル書36章24節では、「わたしはあなたがたを諸国の民の間から連れ出し、すべての国々から集め、あなたがたの地に連れて行く。」と言われました。このみことばは、「わたしは、昨日も、今日も、そして永遠に変わることがない」ことを諸国の民に示すために、ユダヤ人を諸国から連れ戻されている現在の事実をとおして成就されています。19世紀の後半から現在に至るまで、神の御手によって120カ国以上からユダヤ人が連れ戻されています。これは神の御名がほめたたえられるためです。
◆反ユダヤ主義の結果
「わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。」(エゼキエル36:26)
この石の心とは何のことでしょうか。ユダヤ人は西暦70年に国をなくし、神殿をなくしました。そのときから世界を放浪して歩いていますが、多くのキリスト教国では、彼らを「キリスト殺し」と呼んで虐殺し、迫害してきました。彼らの心の中は、キリストの名によって刻まれた深い傷でいっぱいです。
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