BFPガリラヤ・スタディーセンター前所長
ジム・ゲリッシュ 1999年11月
光の祭り・ハヌカ祭(Hanukkah):太陽暦の12月中旬から下旬に祝われるハヌカ(奉納の意)は、ユダヤ人に狂人と称された、ギリシャの暴君アンティオコス・エピハネスに対する反乱に由来している。宮潔めの祭り、光の祭りとも言われる。紀元前164年、神殿を奪回し、宮を潔めて燭台を点灯すると、奇跡がおきて1日分しかない油が8日間燃え続けたと言われている。
ユダヤ人が日常の祈りや祭事に使用する燭台は七枝で、“メノラー”と呼ばれている。メノラーは、古代からイスラエルの象徴であり、現在国の紋章にもなっている。ハヌカに使われる燭台は、八枝(火付け用の補助枝-シャマスが1本ついている)あり、名前も“ハヌキア”という。
祭りは8日間続き、毎夜1本ずつロウソクを灯し、最後の日に八枝全部に火がつく。祭りは非常に楽しいもので、ユダヤ人には一番なじみの深いメロディー“マオツ・ツール(強い岩)”が歌われる。希望と新年の歌である。ジャガイモで作ったパンケーキを食べ、贈り物を交換し合う。
ハヌカには、こま遊びがつきものである。四角形や四角錐のこまには、ネス・ガドール・ハヤ・シャム(偉大な奇跡がそこに起きた)の頭文字が、ヘブル語で書かれている。アンティオコスによって信仰を禁じられたユダヤ人は、こまを手元において、密かにトーラを学んだ。監視の兵士に踏み込まれたとき、こま遊びをやっていたとごまかすためだったという。ハヌカ祭には、1日分しかないはずの聖油が、神殿で8日間燃え続けたという奇跡の物語が語られます。マカビー族は、イスラエルの土地からギリシャ人の影響を取り除き、先祖たちの信仰を取り戻すために神殿に上りました。
マカビーの時代(紀元前2世紀)、イスラエルは、ギリシャ人及びその思想と、生死をかけた格闘をしました。イスラエルの敵は、シリアの支配者・アンティオコス・エピハネスで、彼はギリシャの世界征服者・アレキサンダー大王の後継者のひとりでした。アンティオコスの望みは、取るに足りないと思われた小さなイスラエルを含め、全帝国をヘレニズム化することでした。ヘレニズム化とは、「この世の全て、特に宗教をギリシャ的思想にすること」です。これこそ、正に神が御自身の民イスラエルに、“避けるように”と命じられたことでした。ギリシャ人が台頭する遙か前、天使はダニエルに、ギリシャの君が来ると警告しています(ダニエル10:20)。こうして御言葉が成就しました。
D・S・ラッセルは、著書「初期ユダヤ教から初期教会まで」で、ギリシャ人がその目的をいかに完璧に達成したかを語っています。「ユダヤの若者(若い祭司)は、登録してゲームに参加した。多くの者がギリシャ・スポーツの保護神、ヘルメスの特殊な帽子をかぶり、選手は群衆の嘲笑を避けようと、割礼の印を取り除こうとした。…目に見えない形で潜行する影響力もあり、又極めてあけすけなものもあった。例えば体育館でゲームをする場合、異教の神々に生け贄を捧げる儀式が通常伴っていた。」 このような影響力に対抗し、遂にマカビーが立ち上がり反乱を起こしました。 |