バビロンの恐るべき貪欲と妬みとは、彼女が金・銀・宝石類・真珠・シナモン・香油・没薬・乳香・ワイン・油・小麦粉・小麦…などを売り物にしていたことです。ここに挙げた品々は、ひとつ一つが神の救済と真の礼拝を意味するものです。なぜなら、これらは全てイスラエルの神に捧げる犠牲の品々だからです(黙示録18:12-13)。キリスト教史における悲しい事実の一つは、福音と神の民がしばしば食い物になってきたことです。これは第2ペテロ2章3節に書かれています。「また彼らは、貪欲なので、作り事のことばをもってあなたがたを食い物にします。彼らに対するさばきは、昔から怠りなく行なわれており、彼らが滅ぼされないままでいることはありません。」
さらに、バビロンの原理として、「魔術」が挙げられます。黙示録18章23節には、「すべての国々の民がおまえの魔術にだまされていたからだ。」とあります。イザヤは「あなたに助言する者が多すぎて、あなたは疲れている。さあ、天を観測する者、星を見る者、新月ごとにあなたに起こる事を知らせる者を並べたてて、あなたを救わせてみよ。」(イザヤ47:13)と言っています。私は魔術を「神とその御言葉以外の、ありとあらゆるものから、霊的導きや力を受けること」と定義します。言うまでもなく、クリスチャンもユダヤ人も、この分野において罪を犯し続けてきました。
バビロンに関する原理が、さらにふたつあります。そのひとつは「姦淫の罪」です。黙示録17章5節で、ヨハネはこのなぞめいた女が、「すべて姦淫と地の憎むべきものとの母、大バビロン」であることを知りました。姦通という言葉には、混ぜ合わせて弱くするという意味があります。バビロンの原理は、巧妙に真の信仰を汚し、薄めて弱くさせます。これは、世の中への妥協から入り込んできました。この妥協が、キリスト教が本来持っていた純粋さを失わせてしまったのです。
最後は「殺人の罪」です。黙示録17章6節で、「そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。」と言っています。バビロンの霊は、あらゆる時代を通じて神の人々を襲い殺してきました。人々はしばしばその宗教のゆえに殺されました。
これら全ての性質のゆえに、バビロンは黙示録11章7‐8節に表されているような、混乱と分裂の国です。またそこは、神の民が自由に賛美を歌えなくされるような、強い霊的束縛の国でもあります。
◆『バビロンから脱出する』
バビロンの体系が、今にも崩壊しようとしているのは確かです。ダニエルは、ひとつの岩が人手によらず切り出されるのを幻で見ました。そしてこの岩が、汚染された世の宗教的-経済的-政治的体系を象徴する像にぶち当たり、それを一瞬にして粉々に砕きました(ダニエル2:34)。全て、たった一瞬で砕け散ったということを思い出してください。全混乱を指揮していた「黄金の頭バビロン」は、根本的に崩れ去るのです。この岩こそメシアであり、主がシオンから統治されることを示しています。
イザヤは神の民に「バビロンから出よ。...」(イザヤ48:20)と警告しています。ヨハネはさらに強く「わが民よ。この女から離れなさい。その罪にあずからないため、また、その災害を受けないためです。」(黙示18:4)と訴えています。
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