聖書の他の部分から見て、バビロンに関する項目は、まだ完結していません。バビロンは、神の聖徒たちを苦しめようと活動し続けています。BC
586年に神殿が破壊された後、イスラエルの子らはそこに捕囚として連れて行かれました。イスラエルに対するバビロン捕囚は、公式には70年で終わりました。そこに住んでいたユダヤ人の多くは、今世紀にいたるまで故国に帰りませんでした。そこに残っていた684,201人のユダヤ人たちは、1948-51年にエズラ作戦あるいはネヘミヤ作戦として知られる大規模な空輸によって、イスラエルに帰還しました。今世紀、私たちの世代になって、物理的バビロン捕囚が終わりを見たのです。そして、さらに霊的領域においても、バビロンの終わりを見ることができるかもしれません。
バビロンはユダヤ人のみならず、クリスチャンにも深い影響を及ぼしました。教会の中のある者は、あっという間にバビロン的高慢、そして不義の姦通の虜になってしまいました。主イエスに愛された弟子・使徒ヨハネは、ある初代教会に参加することを禁じました。「私は教会に対して少しばかり書き送ったのですが、彼らの中でかしらになりたがっているデオテレペスが、私たちの言うことを聞き入れません。」(第3ヨハネ1:9)。初代の使徒時代から、バビロンの原理である高慢や横柄さが、この教会を汚してしまったのです。
バビロンは非常に複雑な要素をもっています。そのシステムについて、基本的な原理からもう一度見てみることにしましょう。
◆『バビロンの原理』
まず「プライド」(自負、うぬぼれ、高慢etc)の原理が挙げられます。創世記11章4節に登場する人々は、名声を得たいと願いました。エレミヤは、「バビロンが主に対して高ぶった」と言っています(エレミヤ50:29)。また黙示録18章7節には、バビロンが彼女自身をたたえたとあります。現代にあっても、どれほど多くのクリスチャン、そして教会指導者たちが、自分自身の名誉や名声を求めていることでしょうか。多くの人々が、密かに同じことを求めています。しかし、こうした態度は、「ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」(ピリピ2:7)と、ご自身を低くされた救い主が持たれる精神とはかけ離れています。
第2番目に、「偶像崇拝」の原理です。バビロンはその多くの神々で有名でした。約38種類もの様々な偶像がバビロンにありました。そこは「刻んだ像の国で、彼らは偶像の神に狂っている」(エレミヤ50:38)ところでした。これらの神々が、キリスト教世界も含め、どれほど広域に影響を及ぼしたか、全体を簡単に把握することはできません。その礼拝の習慣が、後にローマに輸入されました。ほどなくして、これらの習慣は、教会の中に間接的に入り込んで来ました。今回は詳細を説明するだけの紙面がありませんが、その一例を申し上げましょう。キリスト教の祭日について百科辞典を調べるなら、異教を起源とするものを数多く発見することができます。これは、偶像崇拝が教会にこっそり入り込んだ、ほんの一例です。
バビロンは「貪欲や妬み」でも有名です。エレミヤ書51章13節で、預言者はバビロンについて次のように言っています。「大水のほとりに住む財宝豊かな者よ。あなたの最期、あなたの断ち滅ぼされる時が来た。」
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