◆どのようにしたら関係を深めることができるのか
それでは、どうすれば神との関係を深めることができるのか、実際の面から考えてみましょう。まず第1に、意味のある時間をともに過ごすことです。それによって関係を深めることができます。先日、「子どもたちは『愛』という語をどのようにつづるのでしょうか。そのつづりは、『TIME(時間)』です。」と書かれた看板を目にしました。神も私たちがささげる時間の質と量を測られるので、やはり「愛」という語を同じようにTIME(時間)とつづられるのではないでしょうか。みことばを開き、神の臨在を感じ、祈り、また神の前に正しくある、そういった祝福されたときが、私たちにはほんとうに必要なのです。
何年も結婚していると、お互いが似てくることに気がつきます。人々がいっしょにいると、お互いに似てくるものなのです。それは聖徒にも起こることだと聖書は語っています。「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(第2コリント3:18)。山で数日間神と過ごしただけで、モーセの顔は輝きました。その輝きに人々は耐えられず、モーセは顔を覆わなければなりませんでした。
いっしょに過ごしていると、しばしば同じような考え方をするようになります。妻と私は連れ添って43年になります。同時に同じ事を口に出そうとしたり、突然同じ歌を歌い始めたりすることが、ほんとうによくあります。一方、お互いを知り合っているために、お互いの存在を当たり前のように扱ってしまうこすことがよくあります。神と私たちの関係においてもそうです。そのことがお互いを傷つけたり、お互いの間に問題を引き起こしたりします。
聖書でよく使われる「知っている」という意味の語はヘブライ語で「ヤダー(語根:ユッドーダレットーアイン)」です。この語はとても親密な関係を表すのに使われます。聖書では、神と人との歩みは、親密なものであると言っています。御子のかたちと同じ姿になり(ローマ8:29)、私たちは神の考えや思いを読み取ることができるようになるのです。使徒は「キリストの心そのものが、私たちの中に不思議と植え付けられている」と言っています。それは、夫婦の交わりと同じ、親しい愛の交わりの関係なのです。
神との関係を深めていくその他の手段として、神に聴くこと、祈ること、みことばに取り込まれること、そして御霊のうちを歩むことなどがあります。神の道を知るもっとも大切な方法は、みことばを瞑想することです。「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」(詩篇
1:1-2)。イサクは自分の妻が到着するのを待ちながら、瞑想していたと書かれています(創世記24:63)。聖書の偉大な人物は、神のご計画に対して並ならぬ洞察をもっていました。その多くを、彼らはみことばに瞑想することによって得ていたのでしょう。
詩篇1篇2節で「口ずさむ」と訳されている語は、ヘブライ語で「ハガー(語根:ヘー・ギメル・ヘー)で、これは「自分自身に話しかけること、すなわちつぶやくこと」を意味しています。牛が反すうするかのように、自分の心の中で神の真理を何度も熟考するということを表わしています。みことばを瞑想する訓練をしていけば、物事のつじつまが合うようになり、そこに神の御手の不思議さをはっきりと認識できるようになるのです。
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