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 私たちの世界では、よく「あなたが誰であるかよりも、あなたが誰を知っているかが大切だ」と言います。これは霊的な世界においても同様のようです。権威ある人を知っているだけで、扉が広く開かれるように、神を親しく知っている人には、天の扉が開かれると聖書は言っています。

◆関係を台無しするもの
 神とアダムとの関係を台無しにしたのは「罪」でした。すべてアダムのあとに来る者にとって、神との関係は壊れたままになっています。預言者アモスは次の的を射た質問をしています。「ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。」(アモス書 3:3)。自分の罪を神の前で認めない限り、神とともに歩むことも、顔と顔を合わせて、神と対面することもできません。私たちは、神がご覧になる目で、罪を見ることを学ばなければなりません。おそれて罪から身を引くべきです。私たちは、神に願いを聞いてもらいたいし、また助けてほしいのです。しかし問題があります。預言者イザヤは、「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」(イザヤ書 59:2)と語っています。この罪の問題を解決するために、すなわち堕落して神から遠ざけられた人に、神との交わりをもう一度取り戻すべく、主イエスご自身をささげられました。人間は罪という大きな隔たりのために、神に到達できませんでした。しかし、キリストが代りに来てくださり、尊い血のいけにえによって、私たちの罪を永遠に覆ってくださったのです。ヘブル10章19節には、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができると書かれています。

 罪の問題だけでなく、他者との関係も神と私たちの関係を決定づける要因となります。ヨハネは、「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。」(第1ヨハネ 4:20)と書いています。

 実際、自分のまわりの人に近づくことができないなら、おそらく神に近づくことはできないでしょう。自分の夫や妻と親しく交わることができずに、神と親しくなることなどできません。もしそんなことはないと思うなら、試しに夫もしくは妻と口論し、そのすぐにあとで主なる神と親密な交わりをしてみてください。イエスによって明確に語られた最も大切な律法は、旧約にも記されて、ひじょうに簡潔です。「イエスは答えられた。一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」(マルコ12:29-31)。このことに関してイエスは、「だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」(マタイ5:23-24)と教えておられます。ここではっきりしていることは、私たちのまわりにいる人たちとの関係が、神との関係に深いインパクトを与えるということです。

 

 
 
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