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 ガザ地区は、イスラエル建国(1948年)を不服とし、ヨルダン・エジプト・シリア・レバノンのアラブ諸国連合が攻め込んで勃発した独立戦争後、エジプトが接収しました。戦争前、「イスラエルに勝ったら、アラブ側の国籍を与えるから、われわれに付きなさい」と、アラブ諸国は、当時のイスラエル領内に住んでいたアラブ人に勧告しました。彼らのうち一部は、イスラエルにとどまることを選択しましたが、大半は連合軍を支持しました。

 しかし、アラブ側の予想に反して、イスラエルは奇跡的に勝利を収めました。連合軍についたアラブ人は、そのまま「パレスチナ難民」となり、彼らの処置に困ったエジプトは、国籍を与えて保護することもなく、併合したガザ地区に彼らを“押し込める”形となりました。1967年の六日戦争で、エジプトはガザ地区の管理権をイスラエルへ移すことを強く希望しました。この時すでに、ガザのパレスチナ難民の心は、イスラエルへの憎しみで一杯になっていました。国々の思惑に翻弄され、貧困と憎しみの中に生きてきた彼らの心中は、察するに余りあるものがあります。

 その中で、イスラエル政府の政策に従って入植したのが、ユダヤ人入植者でした。

 「一度の人生で、なぜ二度も、ふるさとを捨てなければならないの?」――30年以上前、政府の呼び掛けに応えてガザに移住し、今なお、これまで積み上げてきたすべてを置いて行かなければならない50代半ばの女性は、そうつぶやきました。

 入植者の痛み、パレスチナ難民の痛みはあまりにも深く、私たちには到底理解できないものです。

◆明日への希望を信じて
 現在入植者は、ホテル、学校の寮、政府が提供したトレーラーハウスなどに散らばって住んでいます。希望する住宅に入れる人々はまだまだわずかです。イスラエルでは新学期が始まったものの、いまだに転校先が決まらず、不安に過ごす子どもたちもいます。

 しかし、ただうなだれて、力を失っている彼らではありません。どんなに苦しいときも、明日に希望の光を見、未来に向かって突き進んでいくのがユダヤ人です。

 「私たちのコミュニティーは滅びません。私たちは一緒になってガザを去り、同じ収容施設にいます。これからも一緒です。私たちの町の名前は消えません。どこかに必ず再建します!」と、住み慣れた故郷を離れたことへの苦渋をにじませながらも、地域の代表者は力強く語りました。

 ガザ地区ですばらしい野菜や果物を育て、成功を収めてきた会社の社員は、「大丈夫。われわれのビジネスは再び立ち上がります。新しい土地に移っても、たちまち復興させてみせますよ!」と意気込んでいました。

 
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