宇治バプテストキリスト教会員 志村 弘美さん
【主の来られる時まで】
『宇治ハイナイト祈り会』を始めてから、3年半が過ぎました。
私がBFPと出会ったのは、1998年5月30日のことです。夫とともに聖地旅行に参加しました。その日エルサレムとベツレヘムを訪ね、その帰り道、ガイドをしてくださったスティーブンス・栄子師のご案内で、BFPフードバンクに立ち寄りました。私はその時までBFPの存在や、働きについて全く知りませんでした。フードバンクの責任者のビル・スティーブンス師や栄子師の説明を伺いながら“貧しいユダヤ人がいること”を知って驚きました。その時まで私は、ユダヤ人はお金持ちだと思っていたからです。フードバンクはその貧しく、困難な中にいる彼らを支援するセンターであることを知りました。しかしこの働きは、人道主義に基づいたものだと思って帰って来ました。
その後、BFPからティーチング・レターやプレイヤー・レターなどによる情報提供を受けるようになり、徐々にこの働きに関心をもつようになりました。その年の10月、栄子先生が来日され京都の教会で講演があり、私の所属する教会の牧師夫人をお誘いし出かけました。そこで初めてイスラエル、ユダヤ人の重要性、真理を教えられました。また、BFPの働きは神さまの壮大なご計画を知った者たちが、その御心にかなったご奉仕を捧げていることを知りました。
まだ学生のころ、私は「イスラエルは今では教会のことなのですよ。そして新約では選民とはクリスチャンのことなのです。だから聖書を読む時は置き換えて読んだらいいのです。」とだれからともなく聞かされました。そして、この言葉を疑うこともなく、しっかりと頭にインプットしてしまったのです。しかし、主の導きによりBFPと出会い、やっとこのこだわりから開放されました。
奇しくも時を同じくして、牧師夫人にもイスラエルのために祈る思いが起こされました。1999年1月より月1回、我が家で祈りと学びの家庭集会を始めました。教会で呼びかけたところ、数名の婦人たちがすぐに集まってくださいました。イスラエルのことを知らない者同志なので、BFPから送られてくるティーチング・レターを教材として、中東におけるイスラエルの地理を知ることから始まり、イスラエルの持つ複雑な歴史に頭を抱えながら預言の成就にまで及びました。また、プレイヤー・レターなどをとおして、時宜に応じたイスラエルの課題のために祈り合っています。集まってくださる方々は若い女性から乳児を抱えたお母さん、そしてお年を召した方まで幅広く、毎回参加できる方は少数です。しかし、イスラエルの重要性をお伝えできたことは本当に幸いに思います。
そうしている間に、一昨年9月に新たなパレスチナ紛争が起こりました。これまで学んできたことが、机上のことではなく、現実となったのです。 |