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イスラエルの歴史
イスラエルの現実
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 「あなたの神、主は、あわれみ深い神であるから、あなたを捨てず、あなたを滅ぼさず、あなたの先祖たちに誓った契約を忘れない」(申命4:31)

 キリストを十字架につけた「のろわれた民」として、キリスト教国のクリスチャンと呼ばれる人々の手で、1700年にもおよぶユダヤ人迫害が行われてきました。

 もともとキリスト教は、パリサイ派やサドカイ派と同様に、ユダヤ教の一派(当時は「ナザレ派」と呼ばれた)として始まりました。聖書66巻は、2巻を除いてすべてユダヤ人の手によって書かれました。また、12弟子や初代教会の信者は、ほとんどがユダヤ人でした。そして何よりも、イエス・キリストはアブラハムの子孫・ユダヤ人としてこの地上にお生まれくださったのです。しかし、初代教会時代、異邦人信者の数がユダヤ人信者を上回り始めると、「イスラエル産」であったキリスト教が、ユダヤという根から分離されていきました。

 そして、「ユダヤ人はキリストを殺したために、神からのろわれる存在となった」「神はユダヤ人を捨てられ、代わりに教会をその選びの中に入れられた」という神学が、教会で教えられるようになっていきました。こうした土壌の中で、反ユダヤ主義が形成されていったのです。

 ユダヤ人とキリスト教徒の溝は、379年の「キリスト教のローマ国教化」によって決定的に深まりました。以降、ヨーロッパを中心とするキリスト教国によって、ユダヤ人迫害が深刻化していきました。

379年
キリスト教がローマの国教となり、ユダヤ教徒は公職から追放され、名誉をはく奪された。最初の反ユダヤ主義的政策。

11世紀から13世紀
この間、8回の大規模な十字軍遠征があり、ユダヤ人虐殺が行われた。

1479〜1492年
スペインにおいて、ユダヤ人に対する宗教裁判が行われた。拷問によるキリスト教への強制改宗が実施され、ユダヤ人追放令が出された。

1555年
イタリアで、ユダヤ人をゲットー(隔離地域)に隔離する政策がとられた。それに伴い、ヨーロッパ、北アフリカでも、ユダヤ人ゲットーが建設されていった。

1871年
ロシアにおいてユダヤ人大量虐殺(ポグロム)発生。

1903年
ロシアにおいて再度ポグロムが発生。

1939年
ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人絶滅政策)が始まり、6百万人が「ユダヤ人である」という理由だけで虐殺された。

 

 宗教改革の導き手であるマルチン・ルターまでもが、ユダヤ人迫害に手を染めていったことは、あまり知られていません。

 反ユダヤ主義が頂点に達したのがホロコーストですが、ナチス・ドイツは、ルターがユダヤ人に対して用いた反ユダヤ神学をそのまま用いました。ナチスの兵士たちは、日曜日に教会に出席し、午後は制服に着替えてユダヤ人を虐殺していました。

 こうした1700年間にわたる迫害の歴史の中で、現代のユダヤ人の心の中には、「クリスチャンは迫害者、殺害者、キリストはその大親玉」という認識があります。親から子へ、連綿と受け継がれてきた痛みと傷は、容易に癒やされるものではありません。息子がクリスチャンになると、「私の息子はもう死んでしまったのと同じだ……」と言って、お葬式を出す人がいるほどです。当然ながら、彼らのメシアとして来られたキリストの教えに、彼らは決して耳を傾けようとはしません。

 BFPは、過去の過ちを悔い改め、奉仕をとおして現代に生きるユダヤ人を癒やし、慰める召しを受け、イスラエルの貧しい人々に対する支援活動を開始しました。実際的な支援をとおして、彼らにキリストの本当の愛を伝え、その愛を体験するきっかけを作ることで、ゆがめられたキリスト像を本来の姿に戻す働きに取り組んでいます。

 
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